8月 30, 2005 at 12:53 am | DIARY | No Comments
ダンスを形づくる振り付けは、ダンステクニックのパタンであったり、心象風景の投影であったりと様々ですが、これらは身体の内側から決定付け、意識において身体の動きをコントロールしダンスの表現とします。これは、楽器の演奏と比べれば分かりやすいと思います。楽器の演奏は身体と楽器との関係で、演奏において身体の動きは「道具を使う」以外の動きはありません。ダンスの場合、楽器のようなモノによって動きを限定されませんから、ルールを何処かで決めて、そのルールとの関係が動きとしてみえます。このルールはいつも物理的な身体に直接影響をあたえるとは限りません。逆に、意識の中でのやり取りのため、曖昧なままでも動きを組み立てる事ができます。
ダンスとは精神的なルール設定にたよって動くため、端から見たとき、一見、必然性が分かりづらく、大半のダンスは動きの必然性を証明する事は難しいでしょう。
ただし、誤解してはならないのは、物理的な制限だけで動きを構築しますと、体操になってしまう点は指摘する必要があります。
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文)大脇理智
8月 26, 2005 at 11:12 pm | DIARY | No Comments
川村さん、くはっちの公演ももうすぐですねー。北九州芸術劇場ダンスラボのwebに『未完成、だけど運命、そして新世界。』の稽古日記を発見。みてまっせ^^
我らデュオ組はここ1週間予定があわなかったのだけれども今日稽古を再開しました。
まずはコネクト。接触している手のくっつき度はばつぐん。でも理智君が教えてくれた「背骨の動きを外側に広げて動かせる、部分ではあり得なかったパワーが引き出せます。」そういう動きができない。それができるとちゃんと動けるのにね。
次は振りつくり。振りつくりをしていて思ったこと。いくつかのワークショップをうけてきてそこで得た好きな動きを入れていること。マネ? でもその動きの法則が好きなんだから、それを体が欲しているのだからやってしまうよ。自分らしい動きってなんなんでしょうね??
自主練した時の自分の動きを相方にみてもらいいとされた動きは、両手がバラバラに動いている動きでした。←これだけ言ってもよく分からないな。自分なりにまとめると、きっと私の手はフォームをつくるために手を使うのではなくなにかの力が働いてそれに手が棒のようについて動いた方がおもしろい動きができるようなのであります。そして、今はできてないけど、ならばうまーく体と手足が連動できたらダンスとしていいのになと思うのであります。(ひらやま)
8月 15, 2005 at 9:59 am | DIARY | No Comments

表現をとは何かその疑問にたいする要素を教わりました。
#1,表現には表現する・される態度が必要
これは、「正面をとる」と「表現する身体」「表現される身体」からなします。表現は発信者、受信者の関係と態度によって内容が変化します。
#2,感る
練習は2組で行われ、発信者と受信者に分かれ、コンタクトを厳密に行います。作業はシンプルで発信者が受信者の腕を持ち動かします。受信者は相手の動きに付いていくだけですが、これが厳密にやると難しい。注意点は、決して自分から動かないこと。相手を理解するのではなく感じるままについていくことです。この際「コネクト」がどれだけ出来ているかが問題となり、相手から忠実に出来るだけ多くの情報を入手するには、「コネクト」に集中し、感覚を研ぎすます訓練が必要です。
ダンサーですら感覚はにぶく、自分のにぶさを体感しました。
#3,表現に対するリアクションに対応できる体づくり
感覚を研ぎすまし相手の表現を感じたとしても、これ対応した動きが出来なければなりません。そのためには身体を鍛え、間接を柔軟にしなければなりません。結論から言うと、身体の軸である背骨から動き出す練習が重要となします。背骨の動きを外側に広げて動かせる、部分ではあり得なかったパワーが引き出せます。これは格闘特有の考え方ですが、ダンスにも応用すべき重要な動きです。
これらの要素は、それぞれが相対関係になっています。例えば、身体を構成する骨や筋はそれぞれにコネクトしていますから、骨や筋のコネクト、床と足のコネクトこれらが一つの動きの流れの中で意識される必要があります。
8月 10, 2005 at 11:57 pm | DIARY | No Comments
先日の月曜日ダンス部でした。
そこで理智氏が安藤洋子ワークショップで受けてきた事を教わった。
その時に、武道家の日野晃が言っていたみたいなのだが、
踊っているのを見て欲しい!という強い意識が無いと踊っている意味がない。
つまり踊り以前に、意志が伝わらないなら舞台立つ意味が無い。と言っていたらしい。
どうしても自分は「踊れない」って言うことが先に来てしまう。
話が変わるが、先日から北九州芸術劇場で私と桑野っちは、
砂連尾理+寺田みさこさんのワークショップに参加する為、
1ヶ月間の稽古が始まった。
そこで砂連尾さんが言っていたのです。
「ネガティブな発想は、ネガティブにするだけだし、100%発揮出来ない。
だったら舞台立つ意味も無い。技術うんぬんより、自分が今何ができるかってことを出そう」と。
何か目が覚めてきました。
8月 10, 2005 at 12:00 am | DIARY | No Comments
本日のヒラヤマ&祐子デュオの稽古。ストレッチをした後はまずはコネクトの練習をする。次に前日修正した2曲目の振りを通す。全曲の振りができたらどんどん練習だ。さて本日の課題は以下の3つ。
[1]3曲目と4曲目のつなぎをどうするかカタチにする。
[2]4曲目は構成や振りを全体的に変えたいのでそれをカタチにする。
[3]3曲目のはじまりに歩くシーンがあるのだが、そこのルートを決める。
細かいところをつめていきたいけれども、変えたいと思っている部分を先につくっていかないと時間がない。稽古をはじめて理智君がちょっと顔をだしてくれた。手を拡げずにつくろうね、早くつくってどんどん練習しなければ時間がないよ、と助言をくれた。そうだよね、ありがとう。[1]祐子ちゃんとああだこうだとしゃべり、実際に候補の何パターンかを思いついたままとりあえず動いてやってみる。ありなのかなしなのかを祐子ちゃんに確認してもらいすすめる。
[2]選考会で踊った4曲目の振りの中で、好きな振り&4曲目にふさわしいと思える振りをそれぞれ交互にあげる。その動きは残す。その動きをいれた新たな振りをつくり、祐子ちゃんに確認してもらう。ダンスの動きに対する彼女の初見の反応を信用している。見せた後直ぐさま踊ってもらい、それを見て私も確認。
[2]をつくっている途中で時間切れ。
[3]の課題は、次回の稽古までにそれぞれ考えてきて、次回稽古のあたまに互いにプレゼンしましょうと約束。
本日の稽古はこれにて終了。(ひらやま)
8月 8, 2005 at 12:00 am | DIARY | コメントは受け付けていません。
「踊りに行くぜ!!vol.6」の本番にむけての、山口組のクリティカルレスポンスならびにビデオ撮影(JCDN提出用)は、
9/10(土)(まだ時間は未定です)になりました。ちなみに出演者詳細がwebsiteにupされていました。(祐子ちゃん、情報ありがと。)大谷サマ、くはっち、ともにがんばりましょうね!ちくはの皆サマ、関係者の方々、よろしくお願い致します。
さて本日のヒラヤマ&祐子デュオの練習。2人でやる意味がみえてこないとの指摘に対して取り組む。
その問題回復として
先ずは、ちくはメンバーの理智君からのアドヴァイスである「コネクトする」練習をする。
デュオでやっているにもかかわらず自分たち2人は息があっていないのだ。
同じ間合いを感じるためにこの「コネクトする」練習を稽古の度にやることに決めている。
「コネクトする」練習は集中力が必要だし、納得できないともっともっとやりたくなる。
気がつくと30分程やっていた。
次に、実際の振りを変えて2人の関係性を出せないかと考えてみた。イスの位置を変えると関係性が変わるからいろいろやってみるべきだというアドヴァイスもあったが、ほぼ手つかずだった課題。関係性のことを考え出すと、関係性が変わるというのならそもそももとの関係性はなんだろうねとかここは関係性がいらない、無関係でありたいとか一番最初に振りを考えたきっかけのイスとの関係性とその変化とのかねあいとか、いろいろ出てくる。でもそうすることによってちょっとずつ振りの輪郭がうまれてきたようにも感じた。例えば2曲目。イスの位置を変えることによって2人の関係性をだしたり変えたりするというよりも、それぞれのイスとの関係性の変化を表すことの方が大事で、
イスとの関係性の変化のきっかけの1つが他者の存在にしたい。で、それをもって2曲目の振りというか構成を少し変えてみた。前よりも自分たちのやりたいことに近づいた。
こないだ理智君が言っていたけれども、自分に厳しく正直につくらなければいけないだよな、と。
課題はまだまだ。がんばります。